東京地方裁判所 平成9年(ワ)27951号 判決 1998年8月31日
原告
中澤勝男
ほか一名
被告
山口義博
ほか一名
主文
一 被告山口義博は、原告中澤勝男に対し、金七〇二万〇五二〇円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告山口義博は、原告中澤弘子に対し、金七〇二万〇五二〇円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告興亜火災海上保険株式会社は、第一項の判決が確定したときは、原告中澤勝男に対し、金七〇二万〇五二〇円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告興亜火災海上保険株式会社は、第二項の判決が確定したときは、原告中澤弘子に対し、金七〇二万〇五二〇円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、七分の一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
七 この判決は、原告ら勝訴の部分について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告山口義博(以下「被告山口」という。)は、原告中澤勝男に対し、金四九七四万九六九二円及び内金四四七四万九六九二円に対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告山口は、原告中澤弘子に対し、金四九七四万九六九二円及び内金四四七四万九六九二円に対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告興亜火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、第一項の判決が確定したときは、原告中澤勝男に対し、金四九七四万九六九二円及び内金四四七四万九六九二円に対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告会社は、第二項の判決が確定したときは、原告中澤弘子に対し、金四九七四万九六九二円及び内金四四七四万九六九二円に対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、夜間、一方の道路に歩行者用押しボタン信号機が設置されている交差点において、制限速度を大幅に上回る速度で走行してきた普通乗用自動車と、交差道路から、一時停止標識に従って一時停止することなく、右自動車が走行してきた方向に左折した自動二輪車が、出会い頭に衝突し、自動二輪車を運転していた大学生が死亡した交通事故について、その大学生の父母が、相手車両の運転者に対しては、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、保険会社に対しては、保険約款に基づき、損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 発生日時 平成八年一〇月六日午前〇時三〇分ころ
(二) 発生場所 栃木県宇都宮市細谷一―二―九先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 被告山口が運転していた普通乗用自動車(栃木五五い二七八八)
(四) 被害車両 中澤拓郎が運転していた自動二輪車
(五) 事故態様 本件交差点を宝木町二丁目方面から上戸祭町方面に直進するため、制限速度を四〇キロメートル超過する速度で、キープレフトを怠って走行してきた加害車両が、右方交差道路から本件交差点を左折した被害車両と衝突した。
(六) 結果 中澤拓郎は、平成八年一〇月六日午前一時五二分ころ、本件事故に基づく頭蓋内損傷により、死亡した。
2 責任原因
(一) 被告山口は、加害車両を運転し、自己のために運行の用に供していたのであり、本件交差点を制限速度を四〇キロメートルも超過する速度で進行し、かつ、キープレフトを怠った過失がある。したがって、民法七〇九条、自動車損害賠償法三条に基づき、原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告会社は、加害車両について、保険期間を平成八年六月二九日から一年間、対人賠償を一億円とする自動車保険契約を締結しているから、その契約内容によれば、被告山口に対する損害賠償の判決が確定することを条件として、被告山口が原告らに対して負担する損害賠償を支払う義務がある。
3 法定相続
原告らは、中澤拓郎の父母であり、中澤拓郎の死亡により同人が被告らに対して取得した損害賠償請求権を、いずれも二分の一の割合で相続した。
4 損害の填補
原告らは、本件事故の損害賠償として、自賠責保険からいずれも一五〇〇万円の支払を受けた。
二 争点
1 過失相殺
(被告の主張)
中澤拓郎には、本件交差点を左折するに際し、一時停止義務を怠り、左方の安全を確認することなく、漫然と道路中央付近に走行経路をとった過失がある。したがって、中澤拓郎には六〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
(原告の反論)
中澤拓郎は、本件交差点を左折するに際して一時停止し、左方の安全を確認した。しかし、深夜であったので、加害車両が時速七〇キロメートルの高速で進行しているとは判断できず、道路中央に膨らんで左折しても安全な車間距離があるものと誤認して左折したにすぎない。そして、これほど高速で走行してくる車両の存在を予測することは不可能であるから、この誤認はやむをえない。そして、加害車両は、キープレフトを遵守することなく走行し、かつ、本件交差点の交差道路の確認が遅れたのであるから、結局、中澤拓郎に、過失相殺はなされるべきではない。
2 損害額全般
第三争点に対する判断
一 過失相殺(争点1)
1 争いのない事実及び証拠(甲一一八、一二〇、一二三の1~5、乙一~七、原告中澤勝男)によれば、次の事実が認められる。
(一) 事故現場である本件交差点は、西方向の宝木町方面と東方向の上戸祭町方面を結ぶ道路(以下「東西道路」という。)と、北方向の上戸祭四丁目方面と南方向の若草五丁目方面を結ぶ道路(以下「南北道路」という。)が交わる交差点である。本件交差点において、東西道路には信号機が設置され青色が点灯しているが、交差点内の東側に横断歩道が設置されて歩行者用信号が押しボタン式となっている。東西道路は、アスファルトで舗装されて中央線はなく、本件交差点からおおむね三〇メートルほど西側の地点の幅員は六・五メートルであるが、本件交差点の東側部分の幅員は、主として北側が狭まり、五・三メートルとなっている。南北道路は、本件交差点の南側の幅員が四・五メートル、北側の幅員が四・〇メートルであり、北側部分は、南側部分よりも、やや東にずれている。東西道路及び南北道路は、時速三〇キロメートルの速度制限がなされており、南北道路の本件交差点の南側には一時停止標識があり、本件交差点の入口には停止線が引かれている。本件交差点は、東西道路を西側から進行してくると、前方は見通しが良いものの、左右は見通しが悪く、南側から進行してくると、前方及び右方は見通しが良いものの、左方は見通しが悪い。
(二) 中澤拓郎は、平成八年一〇月五日、大学の友人宅で麻雀などをし、同日午後一一時五〇分ころ、友人の増子浩行を被害車両の後部に同乗させ、コンビニエンスストアまで買い物に出かけた。買い物を済ませていったんは友人宅まで戻ったが、飲料水を購入することを忘れたことに気がつき、本件交差点の自動販売機でこれを購入しようと、再び増子浩行を被害車両の後部に同乗させて出発した。
翌一〇月六日午前零時三〇分ころ、被害車両は、本件交差点のひとつ手前のY字路で一時停止して発進し、本件交差点に向かって南北道路を南から進行した。中澤拓郎らは、本件交差点をこれまでに何度も通行しており、西方向へ左折した少し先に自動販売機が存在することを知っていたため、そこで飲料水を購入しようと考えた。こうして、中澤拓郎は、南北道路を進行し本件交差点に差し掛かったため減速し、本件交差点において、そのまま一時停止することなく時速約一五キロメートルほどで左折を開始した。
(三) そのころ、被告山口は、加害車両を運転し、本件交差点を直進するため、東西道路を西方向から東方向へ進行し、本件交差点の手前に差し掛かった。被告山口は、深夜で通行車両もなかったため、ライトを遠目にして、加害車両の右側が東西道路の中央部分より南へ一メートルくらい寄った地点を時速七〇キロメートルで進行した。被告山口は、前方の信号機が、横断歩道の押しボタンを押されることなく青色であったため、南北道路から車両が進行してくることはないであろうと考え、漫然とそのままの速度で進行したところ、南北道路の南側から差し込んでくるライトの光を発見し、それと同時に約二五メートル先に左折してきた被害車両を発見したため、急ブレーキをかけた。しかし、そのまま約九メートルスリップし、おおむね東西道路の中央付近で加害車両の前部中央付近に被害車両の前部が衝突した。
2 この認定事実に対し、原告中澤勝男本人は、被害車両は本件交差点に進入する際、一時停止したと考えていると供述し、中澤勝男作成の栃木県宇都宮中央警察署宛上申書(甲一二一)にも同趣旨の記載がある。
しかし、被害車両に同乗していた友人の増子浩行は、本件交差点のひとつ前のY字路で一時停止したことは明確に供述しながら、本件交差点に進入するに際しては、一時停止したか否か分からないとして、少なくとも一時停止したとは供述していないこと(乙三、五、七)、仮に、一時停止したとすれば、加害車両が七〇キロメートルの速度で走行していたことを考慮しても、ライトの光で加害車両の存在を確認できたと考えるのが合理的であるが、そうとすれば、衝突地点である東西道路の中央付近まで膨らんで左折するのはやや不自然であること(仮に、夜間であるために加害車両の速度の判断を誤っていたとしても、対向車のライトが見えるのに、道路の中央付近まで膨らんで左折することは考えにくい。)、本件交差点は、夜間、交通が閑散としている上、中澤拓郎らがこの交差点を良く知っていたことを併せて考えると、中澤拓郎が、本件交差点を一時停止することなく南から西へ左折することは、行動形態としてまったく考えにくいとまではいえないことなどの諸事情に照らすと、原告中澤勝男本人の供述及び同人作成の上申書の内容は、ただちには採用できない。
3 1の認定事実によれば、被告山口には、夜間、車両に関して信号機による交通整理が行われていない交差点を通過するに際し、交差道路を通行する車両の有無を確認することなく、制限速度を時速四〇キロメートルも上回る速度で漫然と幅員の狭い道路の中央付近を走行した過失がある。他方、中澤拓郎も、夜間、車両に関して信号機による交通整理が行われていない交差点を左折するに際し、一時停止標識に従って一時停止して交差道路の安全を十分確認することなく、漫然と速度を落としたままで、交差道路の中央付近まで膨らんで左折した過失がある。
この過失の内容、本件事故の態様を総合すると(左折方向の見通しが悪いことからすると、中澤拓郎の一時停止義務違反及び道路中央付近まで膨らんだ左折の態様は重大な過失というべきであるが、他方、被告山口が、制限速度を四〇キロメートルも上回る速度で道路の中央付近に寄って走行したことは、本件交差点における不測の事態に対する対応を不可能にするもので、この過失も極めて重大といわざるを得ない。)、本件事故に寄与した過失割合は、被告山口が六割、中澤拓郎が四割とするのが相当である。
二 各損害額(争点2)
1 葬儀関係費用等(請求額五四八万六一〇七円) 一五〇万円
原告らは、中澤拓郎の葬儀関係費用、仏壇仏具、納骨法要、事後処理などの費用として五四八万六一〇七円を負担したが(甲四~一一三)、このうち、一五〇万円の限度で本件事故と相当因果関係を認める。
2 逸失利益(請求額七九〇一万三二七七円) 四九七三万五〇六七円
中澤拓郎は、昭和五二年一〇月二九日生まれで、本件事故当時は満一八歳であり、平成八年四月に帝京大学に入学した大学一年生であった(甲一一六、一一九)。
この認定事実によれば、中澤拓郎は、本件事故に遭わなければ、大学を卒業する満二二歳から満六七歳まで四五年間働くことができ、その間、少なくとも原告が主張する年間六八〇万二四〇〇円(平成八年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・大卒・男子労働者の全年齢平均賃金である年間六八〇万九六〇〇円(甲一一七)を上回らない額)を下らない収入を得ることができたと判断するのが相当である。そして、その間の生活費として五〇パーセントを控除するのが相当であるから、ライプニッツ方式(係数一八・一六八七-三・五四五九=一四・六二二八)により年五分の割合による中間利息を控除し、中澤拓郎の死亡時における逸失利益の現価を算出すると四九七三万五〇六七円(一円未満切捨)となる。
6,802,400×(1-0.5)×14.6228=49,735,067
3 慰謝料(請求額合計七五〇〇万円) 各一〇〇〇万円
事故の態様、受傷内容、死亡に至る経過、中澤拓郎が原告らの長男であること等の事情を考慮すると、本件事故による慰謝料としては、各一〇〇〇万円の総額二〇〇〇万円を相当と認める(原告らは、相続した中澤拓郎の慰謝料請求権をも含めて原告らの慰謝料として請求するものと理解することができる。)。
4 過失相殺及び損害のてん補
以上の損害合計額七一二三万五〇六七円から、本件事故に寄与した中澤拓郎の過失割合四割に相当する金額を減ずると、四二七四万一〇四〇円(一円未満切捨)となる。
原告らは、中澤拓郎の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続したのであるから、原告らが取得した損害賠償請求権は、各二一三七万〇五二〇円となる。そして、原告らは、自賠責保険から各一五〇〇万円の支払を受けたのであるから、この金額を控除すると、原告らの損害賠償請求権の残額は、各六三七万〇五二〇円となる。
5 弁護士費用(請求額各五〇〇万円)
本件における認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告らについて各六五万円を相当と認める。
第四結論
以上によれば、原告らの請求は、各七〇二万〇五二〇円と、これらに対する平成八年一〇月六日(不法行為の日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で(ただし、被告興亜火災海上保険株式会社に対しては、被告山口義博に対する判決確定を条件とする。)理由がある。
(裁判官 山崎秀尚)